まだ見ぬ新しいコーヒー市場を求めて

西暦2000年前後のエカワ珈琲店ですが、地域密着型の商売で結構繁盛していました。

地域(店舗周辺)のオフィスへの焙煎コーヒー豆配達と、地域のお客様を対象とする焙煎コーヒー豆の店舗販売の比率が、ほぼ半分半分で、結構、忙しく働いていたわけです。

 

 

でも、繁盛を続けることができたのは、その頃まででした。

その後は、毎年のように売上の減少が続き、オフィス向け焙煎コーヒー豆の配達販売は壊滅状態となってしまって、店舗販売でも地域のお客さんは大幅に減少してしまいました。

 

エカワ珈琲店を取り巻く商環境が少し異常なのだと考えるのですが、店舗販売に占める店舗周辺地域のお客さんの割合はその後も減少を続けていて、2016年の現在では、ほぼ皆無という状況になっています。

 

中の資本が相手なら何とか対抗することができるのですが、大手資本が相手となると、それも、何でもありの大手資本を相手に、エカワ珈琲店のような小規模店が対抗する術を持たなかったのが2000年頃の日本の商環境でした。

大手資本に狙われる少数の小規模店は運が悪くて、狙われなかった大多数の小規模店は運が良かったわけで、エカワ珈琲店にツキが無かっただと思います。

 

しかし、エカワ珈琲店は、大手資本が相手であっても、頑張れば何とかなると錯覚していて、何年かの間、無駄な抵抗をしてしまいました。

大手資本が、採算を無視した商売をするはずが無いと勘違いしていたわけです。

 

資本力を背景にして、目障りな競合相手なら手段を選ばず叩き潰して市場を支配するのが、時代遅れだと思うのですが、旧来型大手資本の商売の仕方だったのかもしれません。

零細生業パパママ店が、何でもありの大手資本と店舗周辺の地域市場を取り合ったところで勝ち目などあるわけがありません。

 

ということで、お客さんのいなくなってしまった市場からは撤退して、できるだけ素早く事業転換を図るべきだったと、現在(2016年)のエカワ珈琲店なら理解できます。

商売人は、商売で儲けることで社会に貢献するべきなのですが、そのことを理解するのに10年以上の年月を必要としてしまいました。

 

事業転換といっても、コーヒー豆自家焙煎店から他の商売に転換する必要何て無いわけです。

焙煎コーヒー豆という商品の作り方、売り方、買ってもらい方を変化させるべきだったと考えています。

 

2010年代に入ってからのエカワ珈琲店は、アメリカで発生したサードウェーブコーヒー現象の影響を受けて、大手資本などが独占している既存のコーヒー市場の近くに存在しているだろうと考えられる、『まだ見ぬ新しいコーヒー市場』という恋人を求めて彷徨っています。

 

そして、少しずつですが、新しいコーヒー市場を開拓することで何とか生き残ることができています。

話は変わりますが、半世紀近く前、作詞は一般公募で、作曲が弾厚作、歌唱が加山雄三の「まだ見ぬ恋人」が街角で頻繁に流れていました。

 

まだ見ぬ恋人

まだ見ぬ恋人