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珈琲社会学

独断と偏見による、珈琲と食に関するエカワ珈琲店流の考察

ミネルバ茶房は、小説ソフィアの秋に登場する喫茶店

1968年(昭和43年)に発表された、五木寛之の小説『ソフィアの秋』の舞台となった喫茶店、それが『ミネルバ茶房』です。 

エカワ珈琲店の店主は、この小説の冒頭部分、「店もまた人である、・・・ミネルバ茶房は、とりもなおさず、そこの店主であるところの影山真陽氏の、人柄そのものの象徴といえる店」という文章が大好きです。 

 

「純喫茶」は日本独特の喫茶店形態で、その「純喫茶」の全盛時代は、1960年代だったのだと思います。

そして、当時も今(2010年代)も、個人経営の喫茶店商売の原点は、小説「ソフィアの秋」に登場するミネルバ茶房のような喫茶店なのだと考えています。

 

五木寛之は、エカワ珈琲店の店主がはじめてファンになった小説家です。

1969年の新春、高校2年生の正月だったと記憶しています。

当時、和歌山市で最大の書店だった宮井平安堂で、1冊の本を購入しました。

『青年は荒野をめざす』という題名の小説で、作者は五木寛之です。 

 

そのころ、フォーククルセダーズというフォークバンドが歌っている、『青年が荒野をめざす』が、毎日、深夜のラジオ番組で流れていました。

その歌のことが頭の中にあったので、何となく衝動買いをしてしまったのですが、読み始めると夢中になってしまって、イッキに読んでしまいました。 

 

それからです。刊行されている五木寛之の単行本を、片っ端から買ってきて読み漁ったのは。 

それまで、必要にせまられての読書というのがほとんどで、それ以外では、石坂洋二郎作品など、青春小説と呼ばれている小説やSF小説を、ただ何となく、時間つぶしに読むくらいでした。 

 

戦争を知らない子供たち (角川文庫)

戦争を知らない子供たち (角川文庫)

 

1971年のベストセラーエッセイ本。作者はフォーククルセダースのメンバーだった北山修さんです。 雑誌「婦人公論」に連載されたエッセイをまとめた本だったと記憶しています。

 

ミネルバ茶房は、外観からは「喫茶店」だとは想像もつきません。民芸風の民家のような外観です。

店に入ると、畳10畳くらいの土間と、こじんまりした和室があって、その両方の部屋をまたぐような形でカウンターが設置されている喫茶店です。

 

土間の壁は本棚になっていて、店主の蔵書がびっしりと並べられています。

客たちは、その本を読みながら、だらだらとした時間を過ごしている、そんな喫茶店です。

 

昭和40年代、どの大学の近くにも、そのような喫茶店が存在していたのだと思います。 

ミネルバ茶房のような喫茶店は、エカワ珈琲店の店主の理想の喫茶店です。

そして、2010年代の日本の地方の町で、個人で喫茶店商売を営むのなら、「ミネルバ茶房」のような喫茶店でなければ成り立たないと考えています。

 

生活にある程度「ゆとり」のある人の、一種の道楽としての喫茶店、あるいは、生き様としての喫茶店です。そして、常連のお客さんが集っている喫茶店です。

「店もまた人である、そこの店主である・・・の、人柄そのものの象徴といえる店」という文章ですが、個人経営の喫茶店商売だけでなくて、ほとんどの生業商売で当てはまる文章なのだと思います。