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珈琲社会学

独断と偏見による、珈琲と食に関するエカワ珈琲店流の考察

オフィスコーヒーサービス事始

オフィスコーヒーサービスという業態が日本に登場したのは1970年代の後半のことで、ダスキンのフランチャイジーとしてトップクラスの業績を誇っていた静岡県の会社が、アメリカに存在していたオフィスコーヒーサービスというシステムを真似て、自らがフランチャイザーとなってオフィスコーヒーサービスの全国展開を開始したのが始まりでした。

 

事業所にコーヒー自動抽出機器(コーヒーメーカー)を無料でレンタルして、コーヒー豆を定期的に購入してもらうというビジネスモデルが、当時のオフィスコーヒーサービスだったわけです。

 

それから数年が経過した1980年代の中頃から1990年代の後半にかけて、事業所でのコーヒー豆需要が急拡大して行きました。

理由は、コーヒーの粉をセットすれば、自動的にコーヒーを抽出するコーヒーメーカーがリーズナブルな価格で販売されるようになったからです。

 

誰もが簡単にコーヒーを淹れることができるようになって、街中の喫茶店のコーヒーと、それほど香味の変らないコーヒーを自分たちで作れるということになって、1杯あたりの単価が喫茶店で飲むコーヒーと比べ物にならないくらい格安だったわけですから、オフィスコーヒー需要の急拡大は自然の流れだったのだと思います。

 

エカワ珈琲店の始まりは、コーヒー豆の配達からでした。

平成4年(1992年)の1月、「コーヒー豆を配達します」という新聞折込チラシを配布したところ、あちらこちらの事業所から配達の注文が舞い込みました。

 

それに気を良くして、チラシでは怖かったので、定期的にコーヒー豆を購入してくれるならコーヒーメーカーを無料でレンタルしますと、和歌山市内の事業所を標的にダイレクトメールを送付すると、またまた、あちらこちらの事業所から注文が舞い込んできました。

 

そして、1990年代の中ごろになると、事業所にコーヒーメーカーを無料でレンタルして、コーヒー豆を買ってもらうという形のオフィスコーヒーサービスでの売上が、エカワ珈琲店の収益の大半を占めるようになっていました。

 

エカワ珈琲店の場合、都会で成功していたコーヒー屋さんの販売手法を、そっくりそのまま真似て、ここ和歌山で、まあまあの成功を収めることができたわけです。 

その販売手法は、コーヒー豆の低価格販売だったのですが、低価格販売といっても、当時のバカ高いコーヒー豆の価格と比べると、相対的に値段が安かっただけのことです。

 

というふうに、ここ和歌山でのオフィスコーヒー需要については、競争らしい競争が存在していなかった時代もありました。